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買い手側が見落としがちなM&Aの落とし穴
― 業界特有の“処遇改善加算の現状”とは?

2025.04.25
買い手側が見落としがちなM&Aの落とし穴 ― 業界特有の“処遇改善加算の現状”とは?

障がい福祉サービス業界では、経営基盤の強化、サービスの多様化、人材確保、エリア拡大を目的としたM&A(合併・買収)が近年増加しています。 しかし、M&Aの成功には財務や契約面の整備だけでなく、現場職員の処遇や制度統合に対する丁寧な配慮が不可欠です。
特に、福祉・介護職員の待遇改善を目的とした「処遇改善加算」の取扱いは、M&Aにおいて見落としがちな論点の一つとなります。 今回は、M&Aを検討する際に“買い手側が留意すべき「処遇改善加算」”に焦点を当て、処遇改善加算の現状と統合で意識するポイントをお伝えします。

処遇改善加算の現状

処遇改善加算の現状が厚生労働省から令和7年3月27日に公表されました。
「令和6年度 障害福祉サービス等従事者処遇状況等調査結果」によれば、処遇改善加算を取得(届出)している事業所は全体の87.0%、未取得は13.0%に留まります。

処遇改善加算の現状

特に、加算を取得している事業所のうち加算(Ⅰ)の取得率は全体の49.5%と約半数近く取得されています。 主に加算を取得している事業所では、常勤職員の基本給等が前年度比で月額12,860円(+5.34%)増加しており、賃金改善の効果は明確です。

令和6年度障害福祉サービス等従事者処遇状況等調査結果のポイント

一方で今まで処遇改善加算が3種類あったことなど複雑な制度になっていたこともあり、加算を取得していないということもあります。加算の未取得の主な課題が下記となります。

  1. 事務作業が煩雑で対応が困難
  2. 届出に対応できる職員がいない
  3. 制度の将来性に対する不安
  4. 利用者負担の発生への懸念

今後、運営を続けていく上で、職員の給与アップ、昇給制度の財源、賞与支給金額のアップなど職員の賃金はますますアップする状況になっているからこそ、 処遇改善加算の取得は、経営戦略上ますます重要な要素となってきています。

M&Aにおける処遇改善加算の統合課題

今までは、処遇改善加算の現状をお伝えしてきましたが、複数の事業所を統合するM&Aにおいて、以下のような処遇改善加算制度の不一致をどのように統合するかM&Aの中で課題がでてきます。 例えば、

  1. 加算区分の違い(加算ⅠとⅢなど)
  2. 処遇改善加算手当の配分方法の相違
  3. 給与体系やキャリアパス要件の不一致
  4. 職場環境や研修制度の整備状況の違い
などがあげられます。
また特に職員にとって重要な部分として、以下のような多様な賃金改善方法がとられているため、制度の統合には丁寧な検討と職員への説明が必要です。
  1. ベースアップの実施
  2. 定期昇給制度の導入
  3. 新設・既存手当の見直し
  4. 賞与の増額など
タイミングや方法を誤ると、職員の不公平感が高まり、離職やモチベーション低下を招くリスクが想定されます。
次にM&Aにおける処遇に関することの事例をご紹介します。


【事例】M&Aによる処遇格差への配慮不足が引き起こした職員の離職
中堅の福祉法人A社が、地域の生活介護事業を展開するB社をM&Aで買収。しかし、処遇改善加算の違いに対する配慮が不十分だったため、以下のような問題が発生しました。

  1. A社は区分(Ⅰ)を取得し、手厚い処遇改善加算制度を運用
  2. B社は区分(Ⅲ)で、基本給・手当ともに低水準
A社は「段階的に処遇統一を図る」と説明しましたが、明確なスケジュールや昇給基準が提示されず、B社職員の不満が高まりました。さらに、
  1. A社出身の職員がリーダーに就任し、B社の職員が「後回しにされた」と不満が蓄積。
  2. B社元管理者が退職し、相談できる窓口がいなくなった
  3. M&A後の業務マニュアルが未整備で、職員の役割が曖昧に
  4. 処遇改善加算の区分が(Ⅲ)から(Ⅰ)に届出上変わっていたにも関わらず、B社職員の処遇もそのままの状態が続いていた
結果として、B社職員うち4名が立て続けに退職。サービス提供体制が一時崩壊し、自主的に利用者の受け入れ停止にまで発展しました。
「処遇の見える化」「制度統合のタイミング」「方針の共有不足」が、いかに大きなリスクに繋がるかを示す事例でした。


職員との信頼関係構築がカギ~方針説明の重要性
M&Aでは、買収後すぐに全てを統一することは現実的ではなく、難しいところです。そのため、買い手が売り手の職員に対して、処遇改善加算に関する「方針」を明確に伝えることが必要です。

  1. いつ、どのように変えていくのか
  2. どのような加算要件になるのか
  3. 自分たちの働き方にどのような影響があるのか
こうした説明を丁寧に行うことで、不安を払拭し、納得と協力を得ることができます。一方的な制度統一ではなく、職員の声に耳を傾けながら、共に制度をどのように運用するか明確にすることが求められます。

統合において意識すべき3つのポイント

1.加算制度や処遇内容の「見える化」

  1. 各事業所の加算区分・配分方法・キャリアパス要件を一覧化
  2. 相違点を整理し、優先順位をつける
2.統一方針の策定と職員参加
  1. 経営層だけでなく、現場のリーダー・管理者の声を反映
  2. 平準化のスケジュールは1〜3年の中長期で段階的に実施
  3. 定期的な説明会や進捗共有で、納得感と信頼を築く
3.キャリアパス・昇給制度の整備
  1. 統合後に職員が「良くなった」と実感できる制度を設計
  2. 法人全体で共通のキャリアパス・昇給制度を設定
  3. スキルアップと評価が連動するキャリア設計を構築

まとめ

M&Aの成功は、単なる制度統合だけではありません。 処遇改善加算への対応を曖昧にすれば、職員の離職やモチベーションの低下を招き、サービス提供の質も揺らぎかねません。 M&A後の職員が定着するかどうかの一つに“処遇改善加算制度をどう運用し制度統合するか”ということがあげられるでしょう。

ライター紹介
石川敦士氏
石川 敦士氏
日本クレアス税理士法人 大阪本部日本クレアス税理士法人 大阪本部
HP:https://j-creas.com/