就労継続支援事業の新規指定及び運営状況の把握・指導のためのガイドライン
― 新規参入のハードルと、M&Aでも参考になる「運営実態チェック」の視点 ―
はじめに
障がい福祉分野の中でも「就労継続支援」は、利用者の社会参加や地域での自立を支える重要な役割を担っています。
一方で、制度の成熟とともに、事業の多様化・地域格差・運営水準のばらつきが課題となっており、厚生労働省は2025年10月に「指定就労継続支援事業所の新規指定及び運営状況の把握・指導のためのガイドライン(案)」を公表しました。
参考:社会保障審議会障害者部会 第151回(R7.10.20) 資料1
このガイドラインは、① 新規指定時に自治体が指定申請事業者に対し、安定的な事業実施に向けて確認する事項 ② 自治体の指定・指導事務担当者の知識・経験不足を補完し、運営状況を把握するための負担軽減になるチェックツール等の開発・提供を進めるという目的で自治体向けに作成されています。
今回は、ガイドラインの概要を踏まえ、今後の就労継続支援の方向性について、「新規参入者」と「既存事業所」の2つの視点から整理していきます。
1.新規指定における「実質的審査」への転換
従来のように書類を整え、要件を満たすだけでは指定が得られにくくなり、今後は「実質的な審査」が行われるようになります。
指定権者(自治体)は、事業者が制度理解・支援内容・経営体制を含めて総合的に適切かを判断します。特に、
- 障害者総合支援法等の理解
- 就労支援に必要な知識と方針
- 利用者の能力向上につながる支援計画
- 生産活動の実現可能性と収益性
などが確認対象となります。形式的な人員・設備基準を満たすだけでは不十分で、支援と経営の両立が鍵となります。
2.指定申請までのプロセスと確認事項
次に指定申請までのスケジュールと確認事項についてまとめます。
スケジュールの概要は下記となり、指定の5か月前から審査等が始まるように進んでいます。
| 【スケジュール例】 | ||
| 実施時期の目安 | 取組項目 | 備考 |
| 指定の5か月前 | ア 事前説明・確認 | 説明会方式も可 |
| 指定の4か月前 | イ 事業契約書等審査 | |
| 指定の3か月前 | ウ 専門家会議審査 | |
| 指定の2か月前 | エ 指定申請審査 | |
| 指定の1か月前 | オ 現地審査 | |
| カ 指定 | ||
(ア)事前説明・確認(指定の約5か月前)
指定権者は、法人代表者やサービス管理責任者などに対し、法令遵守や支援方針、生産活動内容について説明・確認を行います。
運営基準などの共通事項は説明会形式で、個別内容は個別相談で行う方式が想定され、理解と納得を得た上で申請を進める流れになります。
(イ)事業計画書・収支計画書の審査(指定の約4か月前)
計画書は他事業所の流用ではなく、地域特性や職員体制に応じた独自の内容で作成する必要があります。
審査の例としては、A型・B型を選択した理由や地域ニーズ、近隣事業所との関係性の確認、生産活動の想定収入・工賃設定の妥当性や、財務諸表、施設外就労契約書なども求められます。
また、収支計画では「継続的かつ実効性ある事業か」「取引先や収入根拠が妥当か」を審査されます。
(ウ)専門家会議による多面的審査(指定の約3か月前)
書面確認に加え、経営の持続性を含めて評価するため、第三者専門家による審査が推奨されています。構成員には、中小企業診断士・社会保険労務士・税理士・弁護士などが想定されており、「福祉」と「経営」の両面からの妥当性が問われます。
(エ)(オ)現地審査と指定決定(指定の約2か月前~約1か月前)
指定権者は、設備・防災体制・職員配置・記録様式など、実際に運営可能な状態かを現地で確認します。
不備があれば指定日は延期され、全要件が整った段階で正式に指定を受けることができます。
(カ)指定後の対応
指定後は、運営実態を把握する目的で運営指導等が実施される予定です。
3.既存事業所に求められる運営の透明化
■ 運営状況の把握・運営指導の視点
原則3年に1度、運営指導が行われます。新規事業所については指定からおおむね6か月後に初回指導が行われ、早期課題の把握が図られる想定のようです。
確認される主な内容は、
- 提供している生産活動の実態
- 利用者の能力向上への寄与
- 工賃支払いの妥当性
- 生産活動収支および会計実態
などです。
また提出する資料としては、生産活動シート、スコア表、財務諸表、経営改善計画書などがあげられます。さらに運営指導や監査の際には、聞き取りや資料提出に加え、以下のような情報の確認も行われる場合があるようです。
- スコア表、経営改善計画書、財務諸表などの会計資料
- 事業所のホームページ、WAMネット(障害福祉サービス情報公表システム)
- 社会福祉法人の場合:「社会福祉法人の財務諸表等電子開示システム」
- NPO法人の場合:NPO法人ポータルサイト(内閣府)
これらの確認は、提出された書類のチェックにとどまらず、事業所の実際の運営状況を把握する際にも用いられると考えられています。
今後は「公開情報も踏まえた指導」が進む可能性もあるため、形式的な対応ではなく継続的な開示姿勢が重要です。
4.M&A・事業承継という選択肢
今後、新規指定が厳格化するのであれば、既存事業所を承継して参入するM&Aの動きが活発になります。既に指定を持つ事業を引き継げば、利用者・職員の定着や開業手続きの短縮といった利点があります。
しかし、過去の運営体制や会計処理、行政指導歴を十分に確認しないまま譲受すると、不正やトラブルを引き継ぐリスクもあります。
実際に、架空請求や利用者水増しなどの不正事例が報道されており、今後は「売り手側の倫理性」と「デューデリジェンス※の徹底」が不可欠です。
■ガイドラインができることによるM&Aで求められる視点
ガイドラインが強調する「運営実態の把握」は、M&Aの際にも重視されることになると予想されます。
実際のM&Aで確認すべき主な事項は以下のとおりです。
- 指定・運営基準違反の有無
- 人員配置・資格要件の維持状況
- 生産活動内容と工賃支払いの適正性
- 行政指導・改善勧告の履歴
- 財務諸表や生産活動データの整合性
これらを精査することで、法令順守かつ健全な事業承継が可能になります。M&Aをする上では制度理解と確認能力が問われる時代に入ったといえます。
※デューデリジェンス(略称: DD)とは、主にM&A(企業の合併・買収)や投資を行う際に、対象となる企業や事業の価値、リスク、将来性などを詳細に調査・分析するプロセスです。日本語では「適正評価手続き」や「買収監査」と呼ばれることもあります
おわりに
就労継続支援事業は、地域福祉の基盤として欠かせない存在です。
新規参入を目指す法人には、ガイドラインに沿った「実効性のある計画」と「地域に根ざした事業運営」が求められます。
一方、既存事業所には、運営の透明化と情報開示を通じて信頼を高めることも必要となります。
制度改定と整備が進む今こそ、「どんな支援を軸にするのか」「地域にどのように貢献するのか」を明確にし、福祉と経営の両立を目指した持続可能な運営体制を築くことが重要です。
参考:社会保障審議会障害者部会(第151回)
参考資料2:指定就労継続支援事業所の新規指定及び運営状況の把握・指導のためのガイドライン

日本クレアス税理士法人 大阪本部