令和8年度報酬改定で問われる処遇改善加算の方向性
― 職場環境要件の厳密化とM&A評価への影響 ―
はじめに
障がい福祉事業を取り巻く経営環境は、人材不足の深刻化、臨時的な制度改正、新規事業所の急増などにより、年々難易度が増しています。
その中で、令和8年度(2026年度)の障がい福祉サービス報酬改定は、通常の3年に1度の改定とは異なるタイミングで実施される臨時的な改定であるものの、就労継続支援B型の基本報酬の見直しや、新規指定事業所に対する報酬単価の特例など、実務への影響が大きい内容となっています。
今回の改定の主なテーマは、「処遇改善加算や生産性向上」と「報酬の厳格化」です。特に処遇改善加算については、従来の賃金改善に加え、職場環境や業務効率の改善を含めた取り組みが強く求められるようになっています。
今回は、まず令和8年度報酬改定における処遇改善加算の改定につながる“障害福祉従事者処遇改善緊急支援事業”を整理したうえで、新しい処遇改善加算についてのポイントとこれらがM&Aにどのような影響を与える可能性があるかについて考察します。
第一章 障害福祉従事者処遇改善緊急支援事業が示す政策の方向性
令和8年度改定に先立ち、厚生労働省は「障害福祉従事者処遇改善緊急支援事業」を実施しています。本制度は、処遇改善加算を算定している、または職場環境改善に取り組んでいる事業者に対して、追加的な財政支援を行うものです。
重要な点は、この補助金が単なる人件費補填ではないことです。制度上は、
・賃金改善の実施
・職場環境改善の取組
・一定水準の賃上げ
などが求められており、実際の改善行動が前提となる制度設計となっています。
また、実績報告書の提出が求められることから、単に形式的に対応するのではなく、実態として職場環境改善が行われている必要があります。そのため、
・改善施策の記録
・実施内容の整理
・効果の把握
といった管理が重要になります。
本制度の対象となる「障害福祉従事者」は非常に広く、施設長・管理者、サービス管理責任者、看護職員、リハビリ職、支援員、相談支援専門員、事務員など、事業所で働く幅広い職種が含まれます。
これにより、特定職種に限定されることなく、組織全体での処遇改善が可能となり、よりバランスの取れた賃金改善を進めることができます。
なお、注意点として、本補助金のQ&Aにおいては、休廃止を明らかに予定している事業所については原則対象外とされています。ただし、将来の見通しが困難であった場合など、やむを得ない事情がある場合には、まずは速やかに都道府県へ報告することが求められます。
また、合併や事業承継が行われる場合については、職員構成に大きな変更がないなど一定の条件を満たすことで、都道府県への報告も必要となっています。本補助金の対象外になるかどうかは、報告の際に相談が必要と考えられます。
このように、処遇改善加算と補助金制度は、それぞれ独立した制度ではなく、職場環境改善を実行・定着させるための一体的な政策パッケージとして機能しています。
※参考:厚生労働省作成 大阪府障がい福祉従事者処遇改善緊急支援事業について 事業所向けリーフレット
第二章 令和8年度 処遇改善加算は何が変わるのか
令和8年度報酬改定における処遇改善加算の最大のポイントは、「賃金を上げているかどうか」に加え、「生産性向上や協働化の取組を実施しているか、または実施予定であるか」が評価される点にあります。
特に、上位区分の加算を取得するためには、生産性向上に関する具体的な取組が要件として求められており、従来よりも経営改善への姿勢が問われる制度へと変化しています。
主な改定内容は以下の通りです。
- 処遇改善加算の対象が、福祉・介護職員から障害福祉従事者全体へ拡大
- 生産性向上や協働化に取り組む事業者に対する上乗せ加算の新設
- 計画相談支援、障害児相談支援、地域相談支援への加算新設
- ベースアップや生産性向上を後押しするための制度的措置の導入

※上記は、今回改定される処遇改善加算の変更のイメージと上乗せされた加算の要件です。
参考:厚生労働省 令和8年度障害福祉サービス等報酬改定の概要
上乗せ加算の要件としては、「ア~ウの3要件のうち、アまたはイ、かつウを満たすこと」とされており、特に注目されるのがア:職場環境要件(生産性向上に関する取組)を5項目以上実施(うち特定項目は必須)となります。
下記イラストの生産性向上のための業務改善の取組欄を参照

参考:厚生労働省 令和8年度障害福祉サービス等報酬改定の概要
これは、単に制度上の項目を満たすだけでは不十分であると考えられ、
- 実施実績があること
- 記録として残っていること
- 職員や行政に説明できること
が運営指導等の際には重要になると考えられます。
今後は、処遇改善加算の上位区分の取得のためにも、特に「生産性向上の取組」が重要な評価要素となり、実施と記録が重要になると考えられます。
第三章 M&Aへの影響とチェックの視点
処遇改善加算や障害福祉従事者処遇改善緊急支援事業は、現時点ではM&Aの議論の中心となるケースは多くないかもしれません。しかし、今後は重要な評価ポイントになっていくと考えられます。以下に、想定される譲渡側(売り手)と譲受側(買い手)の主な視点を整理します。
〇譲渡側(売り手)の視点
譲渡側(売り手)にとって重要なのは、無理に職場環境要件を満たそうとすることではなく、現状で実施できている取組を整理し、説明可能な状態にしておくことです。
特に、以下の点が重要になると考えられます。
- 処遇改善加算の要件に対する取組内容の文書化
- 実施根拠の整理
- 継続的な運用体制の構築
これらが整っていない場合、譲受側(買い手)からは、「引継ぎ後に処遇改善加算の要件を満たせなくなるリスクがある」と判断され、譲渡対価や取引条件に影響を与える可能性があります。
〇譲受側(買い手)の視点
譲受側(買い手)にとって、譲渡側(売り手)の処遇改善加算は、単にどの加算を取得しているかだけではなく、職員の定着や安定的な事業運営につながる制度のため、加算要件をどのように満たしているのか確認することが重要です。制度が適切に運用されているかどうかは、離職防止や継続的な運営が可能かを判断するための重要な材料となります。
特に確認すべきポイントは以下の通りです。
- 職場環境要件が実態として機能しているか
- 職場環境要件を満たすために必要な設備や体制が整っているか
- 職員定着に寄与しているか
- 補助金が返還リスクなく適正に運用されているか
これらの対応が不十分な場合には、
- 職員が定着せず、採用コストが増加する
- 追加投資が発生する
- 加算の減算・不算定リスクが生じる
といった将来コストにつながる可能性があるため、十分な確認と検討が必要です。
また、一例として、処遇改善加算に関する計画書や実績報告書の作成を社長が一手に担っており、現場責任者や管理者が制度運用の詳細を十分に把握していなかったケースがあります。M&A実行後、譲受側(買い手)が制度運用を確認したところ、職場環境要件を満たす根拠や記録の整理が不十分で、運用方法そのものに疑問が生じました。結果として、譲受側(買い手)で制度要件を再点検し、追加資料の整理や運用体制の見直しが必要となり、想定以上の時間と追加の投資を要することとなりました。
このように、処遇改善加算の運用が属人化している場合、売却時には見えにくかったリスクが、引継ぎ後に表面化することがあります。
おわりに
令和8年度の障がい福祉サービス報酬改定は、単なる加算制度の見直しではなく、「経営の質」を問う改定と考えられます。
処遇改善加算と職場環境改善への対応は、今後の事業運営だけでなく、M&Aにおける評価にも大きく影響する要素となる可能性があります。
譲渡側(売り手)にとっては事業価値を維持するための準備として、譲受側(買い手)にとってはリスク判断の重要な材料として、これらの制度を戦略的に捉えることが求められる可能性があります。
参考:
大阪府 大阪府障がい福祉従事者処遇改善緊急支援事業について
厚生労働省 令和8年度障害福祉サービス等報酬改定の概要
厚生労働省 第53回「障害福祉サービス等報酬改定検討チーム(持ち回り)」資料

日本クレアス税理士法人 大阪本部