“基本報酬減”時代の障がい福祉経営 加算戦略とM&Aの重要性
障がい福祉サービスを取り巻く環境は、今、極めて厳しい局面を迎えています。財務省や厚生労働省、こども家庭庁の資料からは、制度の持続可能性を確保するために「報酬の適正化」の波が押し寄せていることが明確に読み取れます。そこで今回は、経営の安定に不可欠な「加算」の取得状況、そして今後の事業展開での視点についてお伝えします。
1. 障がい福祉サービスの現状整理
急増する費用と「給付の適正化」への圧力
現在、障がい福祉サービスを取り巻く環境は、大きな転換期を迎えています。
障がい福祉サービス等の総費用額は、制度創設時と比較して大幅に増加しており、障がい福祉サービス関係予算額は、この19年間で約4.5倍まで拡大しています。
背景には、利用者数の増加だけではなく、事業所数が増加し、一人当たり費用額の上昇があります。
財務省の分析によると、障がい福祉サービス費の増加要因は、2024年度の報酬改定率(+1.12%)を上回る、一人当たり費用額の伸びにあるとされています。
参考:厚生労働省 障害福祉分野の最近の動向
特にサービス類型別では、
- 就労継続支援B型(前年比20.1%増)
- 共同生活援助(グループホーム:前年比13.2%増)
などの費用増加が顕著となっており、財務省や厚生労働省は、高い収益性を維持しながら事業所数が急増している一部サービスに対して、厳しい視線を向けています。
こうした背景から、令和7年度より「経営情報データベース」の運用が本格化し、各事業所の経営状況や収支構造を把握する仕組みが整備され始めています。
具体的には、
- 経営情報の報告
- 収支状況の見える化
- 決算情報の開示
などが進められており、必要な報告を行わない場合には、「情報公表未報告減算」の対象となる仕組みも導入されています。 厚生労働省としては、
- 必要な障がい福祉サービスの提供体制を維持すること
- 物価高騰や感染症、災害等への対応を行うこと
- 事業者の経営実態を踏まえた制度設計を行うこと
などを目的として、経営情報の収集・分析を進めている状況です。
一方で、これらの流れは単なる“情報収集”にとどまるものではありません。
今後は、収集されたデータをもとに、
- 加算の適正化
- 報酬体系の見直し
- サービスごとの収益構造分析
- 地域ごとの事業所数の適正化
などが、さらに進められていく可能性があります。
そのため、令和9年度(2027年度)の本改定に向けては、「報酬の適正化」がさらに加速していくことも想定されます。
2. 今後厳しくなる新規事業開設
加算取得状況から見る「経営の最低ライン」
これから障がい福祉サービスへの新規参入を検討している方、あるいは多店舗展開を進めている経営者にとって、令和8年6月1日は大きな転換点となります。
以前の記事でも触れましたが、就労継続支援B型、共同生活援助(グループホーム)、児童発達支援、放課後等デイサービスなど一部サービスについては、令和8年6月1日以降に新規指定を受ける事業所に対し、基本報酬を一定程度引き下げた「応急的な報酬単価」が適用されることとなりました。
引き下げ幅はサービス類型によって異なりますが、おおよそ1.2%〜2.8%程度とされています。
そこで重要なのが、「どの加算を取得できる運営体制を構築できるか」という視点です。
現在の障がい福祉経営では、基本報酬のみで安定的な収支を維持することは極めて難しくなっています。
特に、人件費の上昇や物価高騰への対応を考えると、加算取得を前提とした事業設計が必要な時代へと移行しています。
今後は、「加算を取得できる運営体制を構築できる事業所」が安定した経営を進められる可能性が高いです。
そのため重要となるのが、厚生労働省が公表している「加算取得率」の分析です。
加算取得率は、既存事業所がどの加算をどの程度取得しているかを示すデータであり、現在の障がい福祉経営における“他社の取組状況”を把握するうえで、非常に参考になります。
参考:厚生労働省 障害福祉サービス等について
最新の調査(令和7年12月サービス提供分)では、例えば以下のような状況が示されています。
- 生活介護では、「処遇改善加算Ⅰ」の取得率が61.8%となっており、「福祉専門職員配置等加算」についても、加算Ⅰ(47.0%)や加算Ⅲ(63.9%)など、多くの事業所が上位区分を算定しています。
- 放課後等デイサービスでは、「処遇改善加算Ⅰ」の取得率が95.1%に達しており、ほぼ全ての事業所が最上位区分を取得しています。また、送迎加算(91.9%)や欠席時対応加算(86.6%)についても、“取得していることが前提”ともいえる状況です。
これらのデータから見えてくるのは、「多くの事業所が取得している加算は、まず取得することが前提」であり、その上で取得率の低い加算についても、戦略的に取得を検討していく必要があるということです。
特に、令和8年6月以降に新規参入する事業所は、当初から基本報酬が引き下げられた状態でスタートすることになります。
そのため、加算取得が十分にできなければ、開設初期から経営が厳しくなる可能性があります。
一つの目安として、取得率が50%を超えている加算については、取得できる体制構築を優先的に進める必要があると考えられます。さらに、取得率が30%前後の加算についても、自社の運営体制や人員配置を踏まえながら、積極的に取得を検討していくことが重要です。
そして、加算を取得するためには、当然ながら各加算の算定要件を満たしていることが前提となります。
そのため、単に「加算を算定できるか」という視点だけでなく運営指導も見据えたうえで、
- 人員配置
- 研修体制
- 会議体の整備
- 記録管理
- 地域連携
などを含めた、事業所全体の運営体制そのものが問われることになります。
加算を取得しているかどうかは、単に事業所の収支面だけではなく、支援体制や組織運営の成熟度を示す指標として見られていく可能性があります。
3. 令和9年以降の対応
財務省の適正化シナリオとM&Aという戦略的選択
令和9年度(2027年度)に予定されている本改定、その後の障がい福祉経営を考える上で、財務省の動向を把握することは極めて重要です。
参考:財務省 財政制度分科会
現在、財務省は、サービスの質の確保と総費用額の抑制を両立させるための 改革の実施が必要ということで、総費用額の抑制のみではなく、「効率化」や「給付の適正化」をより強く求める方向へ進んでいます。
障がい福祉分野においても、介護分野と同様に、
- ICT活用
- 生産性向上
- 経営の協働化
- 法人規模の拡大
- バックオフィス機能の集約
などを推進していく方向性が示されています。 このような環境下において、今後の障がい福祉経営では、単に事業所運営を今までのように運営するだけではなく、
- 加算取得を前提とした運営体制の構築
- 専門性の高い支援体制
- 安定した人材確保
- 稼働率を維持できる運営力
など、“継続可能な経営体制”そのものが問われる時代へと移行していくと考えられます。 その中で、今後さらに重要性を増す可能性があるのが「M&A」という戦略的選択です。
譲渡側の視点
令和8年度以降、新規指定事業所への基本報酬引き下げに加え、人材確保の競争激化や利用者や研修等の制度増務化対応など、運営基準への対応負担も増加しています。
こうした中、事業者が単独で運営を継続していくことが難しくなるケースも想定されます。
そのため、
- 管理体制
- 採用力
- 財務基盤
- 事務機能
などを持つ法人グループへ合流することは、単なる“売却”ではなく、
- 利用者への支援継続
- 職員雇用の維持
- 地域サービスの維持
という観点からも、前向きな経営判断になる可能性があります。
譲受側の視点
一方で、譲受側にとっても、障がい福祉分野のM&Aは大きな意味を持ちます。
現在、新規指定の抑制や、令和8年6月以降の基本報酬引き下げが進む中で、既に指定実績を持つ事業所を取得することには、経営上の優位性が存在します。
特に、既存事業所については、「応急的な報酬単価」の対象外として既存単価を維持できるケースが示されており、事業譲受や株式取得等によって指定実績を承継することが、財務面で大きなメリットとなる可能性があります。
今後のM&Aでは、単純な売上や利用者数だけではなく、
- 加算取得状況の把握
- 人員配置
- 運営指導履歴
- 欠席率
- 稼働率
- 地域連携体制
- 記録整備状況
など、“運営体制の質”そのものが事業価値評価に影響していく可能性があります。
つまり、今後の障がい福祉M&Aでは、「どれだけ売上があるか」だけではなく、「継続的に加算取得と適正運営ができる体制が整っているか」が重要視される時代へ変わっていくことも考えられます。
まとめ
今後の障がい福祉経営では、各サービスの加算取得率をベンチマークとして、自社の体制を客観的に分析する視点が重要になります。
制度改定のたびに受け身で対応するだけではなく、
- 自社がどの領域で強みを持つのか
- どの加算を取得できる体制を構築するのか
- 単独運営を続けるのか
- 他法人との連携やM&Aを活用するのか
といった、中長期的な経営戦略そのものを再定義する時期に入っているのではないでしょうか。
参考:
財務省 2026年4月28日 財政制度分科会
厚生労働省 こども家庭庁 2026年4月28日 障害福祉サービス等報酬改定検討チーム
障害福祉サービス等について、障害福祉分野の最近の動向

日本クレアス税理士法人 大阪本部